唯幻論すなわち「ぜんぶ幻想」の岸田先生の出世作です。

僕も「人生なぜ苦が多いのか」と考えてとりあえず得た結論が
「想像力を持ってしまったから」
ではないか、と思います。
想像力というのは人間にとって極めて強力な武器で、これがあるからこそ稲を育て暖かい服と家を作り酒を呑んでお祭りができた。
しかし武器というのはだいたい諸刃で、このために「いつか絶対死ぬ」という厳然たる事実をいつでも想起できる、いや、してしまうようになったので、結果
「いつか死ぬならなんでこんなことやってんだ?」
と悩み始める。これが死に至る病、キリスト教でいえば原罪ではないか、と思うんです。

最近「マインドフルネス」という単語が、小粋なウェブ記事や書店のフェアコーナーで踊ってますが、あれ僕まだちゃんと理解できてないんですけど、
「テンパった時にいま現在にフォーカスを当て直せ」
というのが具体的メソッドの中心にあるっぽいので、つまり、
「想像力のスイッチを切れ」
ということではないかな、と我田引水。

情報が無い時代は、それでも「想像力」はメリットの方が多かったのでしょうが、こんなに情報が溺れるほどあると、現実の自分にとって縁遠いことでも、思考、感情、感覚のスイッチが入ってしまって貴重な脳パワーを浪費します。
脳は糖喰うので、あんまり使わない方が良いんですよ基本。
疲れると、疲れるので、また疲れる。悪循環。

とりあえずこの、核兵器のように手に余る想像力とこれからも延々付き合わねばならず、そのやり方は各自自分にあった「やり方」を持っといた方がいいように思います。
その点で、「ぜんぶあんたが勝手に見てる幻だよ」と言い切って次から次へと世界の諸相を斬って斬って斬りまくるこの御本は、いいスイッチになるかも。

ちなみに僕は身体性回帰。頭の中がややこしくなってきたら、冬空を高速で散歩したり、小チャーシュー煮玉子ネギに餃子一人前を掻っ込んでみたり、熱い風呂に入ったり、ネコを撫で回したり。
「……いやあまあ、いろいろあるけど、生きてるっていいなあ」
と実感すると、幻の世界から帰ってこれます。
これが効かなくなってくると本当にマズいので、そうなったら全部投げ打って寝る。若いうちなら2年ぐらい寝るとなんとかなります。
歳をとってたら? それでも基本は(外界を遮断して)喰って寝ることではないですかね。
鬱は生命維持のための強制シャットダウンなのかなあ、と思ったりも。
流行りのミニマリズムとか、若者の○○離れとかも、その人なりの想像力の整理法ではないでしょうか。